▪︎よくわかっていること

思いがけず、昨日

23時近くに彼が訪ねてきた。

彼の体臭と、タバコの匂いが入り混じった

私がこの世界で一番安堵する匂い。

風呂を沸かし、食事の支度をし、

いつもと同じ夜の食卓を囲む。

この

ーいつもと同じーということが

どれほどに贅沢でluxuryなことなのかを

私たちはとても良くわかっている。

彼の腕に抱かれて、眠っている間

ずっと雨の音がしていた。

終わらないオルゴールのようだ、と思う。

静かな夜に

静かな雨の音。

彼の温かな胸と

強い腕の力と

穏やかな吐息と。

ー終わらなければいいーと心底に思う。

そしてこれも

私たちはとても良くわかっていることだけれどもー

どんなに幸せな夜も

やがて終わってしまう、ということ。

今、朝食を終え

彼も私もそれぞれにパソコンに向かっている。

何も話さずともー

朝の抱き合った余韻と

互いのキーボードを叩く音と

香る珈琲と。

何もかもが満ちていて

こんなにも幸福。

そしてそれが私は

怖くてたまらないのだけれど。

始まり、は終わりの序章だということ。

始まった二人は

終わりに向かっている、ということ。

打ち付けていた雨がやがて止むように。

落とした珈琲がやがて無くなるように。

この恋にもやがてはー

終わりは来るかもしれない、ということを

知りながらでも。

知りながらでも私は。

知りながら。

私は。

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