▪︎prologue

kに会った。

車で来ると言った。

20:50の待ち合わせ。

21時と言わない。

10分でも早くー

その、二人の想いが重なる感覚は

恋そのものだ、と思う。

「着いたよ」と連絡があったのが、まさに約束の20:50。

もちろん私も定刻前に着いていて、

駅のロータリーに停まっているはずの彼の車を探すのだけれど

見つけられない。

「コンビニの前にいる」というそのメッセージをもう一度見つめて、

もしかして?と

駅のロータリー前にあるコンビニへ目をやるとそこに。

そこにー

kが立っていた。

思いがけずー

背の高い彼は。

初冬の夜のコンビニの前に立つ、

その、背の高い彼は、

まるで切り抜かれた一枚の絵画のように、

ーこれまでの、背の高い男たちはみな、

申し合わせたように背を丸め、猫背だったけれどもー

スッと立っていた。まっすぐに。

プレミアムジーンズに、仕立ての良いノースリーブのダウン。

あんなに無防備に、まっすぐ立てるものなの?

誰の視線も気にせず、あるがまま。

その立ち方はきっと、彼の生き方そのもの、なのだろう。

彼が私に気づいたのは、

私が彼に気づいた0.2秒後。

夜の闇の中で、視線が絡み合う。

小さく手を挙げたら、にっこりと笑う。

何かの歯車はもう、回り始めていた。

彼の瞳から目を離さぬまま、歩道を横切って、彼の前に立つ。

私を見下ろす彼は、少しはにかむ。

「車は?」

「コインパーキングに停めてきました。」と言う。

「敬語?」と笑って顔を見上げた。

薄闇の中で、彼も照れて笑う。

もう、恋の渦中に。

一気に二人ともに堕ちていく。

指さえ絡めずとも。

彼の熱い想いは私に伝わっていたし

なのできっと、私の想いも。

白い吐息の中に、漏れ出ていたことと思う。

こんなふうにやはり。

恋は始まる。

唐突に見えるように、それは思えるけれども

決して違う。

恋はみな必然。

向かい合った創作料理の店のテーブルで

黙って見つめ合い、絡む視線。

絡め取られ、絡め取り。また絡まり、絡み返し。

こんなことが、偶然には起こることが無いことを

私はとてもよく分かっている。

美しい人だ、と思った。

低い声。

笑うと途端に目尻が下がって柔和になる。

少し、いかつい系なのに、少年みたいになる。

余分なものの何も無い、しなやかなボディラインと

日々の仕事で、自然に培われた柔らかな筋肉を纏っている。

服を着ていても、全部透けて見えるくらいに、

私は彼をもう、自分の内に感じた。

きっとそれは彼もー

閉店まで話していた。

ずっと笑っていた。

飲んで、話して、笑って。少しだけ食べて。

「食べない?食べちゃっていい?」と時々彼が訊くので

「みんな食べて。

私はもう胸がいっぱいで何も入らないの。」

本当のことだ。

胸がつかえるくらいに。

私は彼に塞がれていた。

大笑いしていても。

ハイボールを飲んでいても。

その空間、その時間の中で、

私は始終、彼に支配されていたし

それはとても心地が良く、

何に酔っているのかさえ、私にはもはや分からなかった。

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